アドリア海に浮かぶ島、ベネツィア。昔から水の都として知られるベネツィア。 こんなに美しいところとはここへ来るまで知らなかった私でした。 もう一度行きたいところの五指の中に入ります。 地中海の覇者ベネツィア共和国も1979年ナポレオンによってその幕を閉じます。 |
|
ドゥカーレ宮殿 | 共和国時代にドージェ(総督)の住居として使われていました。内部にはベネツィア派の絵画がずらり。有名なため息橋もここから運河を渡って牢獄に通じている。まさに橋一つが天国と地獄の分かれ目。今は市役所。 |
サンマルコ寺院 | 828年にアレキサンドリアから運んできた聖マルコの亡骸を祭るために建てられた。現在あるものは17〜18世紀に建てられました。金の装飾がいたるところに使われ、始めて観た私は、出るはため息ばかり。金といっても金ぴかでないところが落ち着いた優美さで心を捕らえて放さない。 |
サンマルコ広場 | サンマルコ寺院やドゥカーレ宮殿に囲まれ、17世紀に世界で初めてカフェが開かれた場所と言われ大理石と粗い敷石が敷かれた広場.。地盤沈下が進み広場が水浸しになることもしばしば。うっかりするとハトが上から落としモノを・・・ 落石注意!みたいなものね♪ |
広場と寺院が素敵な空間をつくる。左端のテントの店はフローリアンというコーヒーの美味しいので有名な店。
コーヒーとケーキをいただく。お土産にコーヒーを買ってみる。おみせの前のテントでは、上を向いて歩こうの生演奏!
それだけ日本人が多いということでしょうか。私たちを見ながらにこにこと演奏していました。
ドゥカーレ宮殿 | どこをとっても美しい。 |
観光客はうっとりと立ち尽くしてみとれている。ベネツィアのシンボルは羽の生えた獅子。ファザードの上の金のものがそれ。ちいさな露店も出ていてガイドはお子さんの土産に買った小さなカンカン帽を旗の上に載せて私たちに見やすいようにして歩く。その店のオジサンとは顔なじみのようだ。 |
カフェ、フロリアン、初めてベネツィアでコーヒーが発売されたのが1638年。あの有名なプレイボーイ、カサノバや、画家モネがよく立ち寄った店だそうな。この店の前で、上を向いて歩こうのバンド演奏。内部の雰囲気はさすが。どやどやと入るのはいささか気が引ける。 | ドゥカーレ宮殿前。異国情緒を満喫。 左は宮殿右は海。ここへ渡る時サンマルコという名の軍艦にであった。(ウチの近くにサンマルコというカレー屋があるんだけど関係は?) 多勢の観光客が行き来していてうっかりすると迷子になる。事実見失ったツアー仲間もいた。(ちなみにそのカレー屋は、まるこ、という肉屋さんの経営と判りました。) |
宮殿のバルコニーから港を観る。スタッコ細工(スタッコ細工とはサラセンの装飾技術:繊細で優美な石膏細工)が見事な階段、とか、カルバッジョ、ティントレットの絵画、とか解説にはありますが殆ど記憶がない。ため息橋を渡って監獄を見たのはよく覚えている。あの橋はまさに天国と地獄の境のような橋。高位高官でも、ひとたび政情が変われば処刑されたという非情の時代。(サラセンとは、マホメット生誕前後のアラビア半島の人々からサラディンらアラブ人のイスラム王朝まで)。マチガイはご指摘ください。 | 宮殿の窓から 屋根の色が美しい。この後何度ももっと美しい屋根は観たけれど、始めてみたこの風景はクッキリと記憶に残っている 殆どが赤茶色で統一されている、私の好きな色なので見るたびにムネにひびく。 |
細い小道の両側にびっしりと並んだ土産物屋。そこを傘をさして通るのは歩きにくくてなかなかタイヘンでした。映画『旅愁』でキャサリン・ヘップバーンが、ロッサノ・ブラッツィ(だっけ?)に買わされたような真っ赤なグラス、お祭りの仮面(私は気味が悪かった)、カメオ、などなど。カメオは有名な職人のものはサインが入っていておネダンも目玉の飛び出るものまでいろいろ。ホテルでアンティークものを買った人もいました
ベネツィアグラスの店では、目の高さから落としても割れないシャンパングラスなど、実演して見せてくれる。ウチには適いそうにないので買うのはあきらめました。外では、器用にガラスで馬を一気につくっている職人さん。飴細工のよう。
ドゥカーレ宮殿前は船着場が多い。杭が面白くて撮った写真。 向うに見えるのは水上バス。 |
ゴンドラに乗る。前を行く船にはカンツォーネの歌い手が同乗してくれたはいいが、意味不明のイタリヤ語に相槌を打つのに神経を使ったそうな。どっちがサービスしてるのかわからないって。両岸石に立つ家々の基礎部分には増水の後がクッキリ。浸水はしょっちゅうらしい。向こうに見えるのはため息橋ではありません。 |
ツアーの若いお友達とゴンドラにのる。 それを見物してるひともいる。 |
03/1/22 のTV放送ではベネツィアの地盤沈下が益々進み、今は海面との差が70センチになっているという。
そのために大きな水門を三箇所に作る案がでているという。当然のことながら、水質汚染、漁業関係者への影響など、多方面から、疑問の声が上がっている。満潮のたびに浸水する被害から町を護るための対策、難しそう・・・。 いつまでも美しいベネツィアであって欲しいものです。 |
この日のランチ
お 土 産
この帽子の形がベネツィア特有の形表情と服装の色が気に入って購入 |
|
Next |